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院長の独り言vol.116-120

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院長の独り言 その116    <ノーマジーン:2011年10月号>

「なまえ」

私は物忘れが激しい。特に人の名前を覚えるのが苦手だ、それでも春までは「国分町の歩く人別帳」だった婦長がいて特に問題はなかった。彼女がいない今は覚えようと努力しているがやはり上手く行かない。年齢のせいにしたくないがあたまだや目だけでなく記憶力が更に薄ーくなって来たのは実感している。

私の誕生日は8月15日、終戦記念日で、おぼんでもある。父は存命だが事情があり我家には仏壇がある。当然お盆のお祭りはするが沖縄から誰も来ないので自分の家族だけとなる。そのためお盆休みは自宅で過ごし、家族がお誕生会をしてくれる。13日は、胡瓜の馬に茄子の牛、ほおずきに蓮の花等とお供え物で仏壇を飾る。日が沈む頃にベランダで迎火を焚き、迎え団子を作る。

毎年の行事に子供達も慣れっこで、仏壇に飾られた菓子類に気を取られながらも美味しく食べるためにきな粉や小豆やアイスクリームを買いに走り、団子パフェを作る。今年からは送り団子が「サーターアンダギー(沖縄風ドーナッツ)」に変わったのはご愛嬌。

そしてお誕生日の料理は「本来、お盆だから精進料理だけど、特別だから」と例年通りに前置きされた上で豪華版である。一緒に並べられてた高野豆腐や野菜の煮物を横目に「沖縄のお盆は豚の角煮を食べるもんね」と肉や魚を頬張る。お約束である。

当然お盆期間中は毎日拝むのだが、ご先祖様の名前が浮かんでこない、曾祖父以上の名前がさっぱりなのである。今年も覚えきれなかったがちゃんとメモが貼ってありそれを唱えながら手を合わせる。顔も見た事が無く戦争で写真も残っていないご先祖様だがせめて名前ぐらいは覚えておこうと思った。今回は落ちが無くてスミマセん

院長の独り言 その117    <ノーマジーン:2011年11月号>

「エコじゃない」

風呂の後に洗濯をしながら妻が「どこの家もこんなにたくさん洗濯物があるのかな?」とつぶやいた。確かに10㌔の洗濯機で毎日1~2回は多い気がする。

家族が4人は普通だが、まず大学生の娘と中学生の息子は共にバスケ部で部活をするので、毎日夕方には汗臭い洗濯物がドッサリと脱衣所に積まれている。部活後の衣類は。予洗いすると水が黒く濁るし、翌朝まで置いておくとアンモニア臭で目が痛くなるらしい。

汗かきの私は朝晩と1日2回下着を変えるし、洗えるカッターシャツだから毎日洗う。でも洗濯が大変な原因は体が大きいことだ。私も息子も180㌢を越えているのでLL~XLである。各々の1枚の洋服の布の量が多いのだから仕方ない。

「私は給食のおばさんみたいに料理ばっかりしてるよ」とまた妻がつぶやく。確かに我が家は家族で大食いだ。息子だけでも1日に4~5合のお米を食べるらしいが、食べ盛りはそんなもんじゃないかとピンと来ない。1回に1㌔以上の肉を使ってハンバーグを作るらしいが、それもピンと来ない。

「エコじゃないよね」の妻の言葉に、汗もかかず体も標準サイズで、お酒も飲まずよく働く妻を軽自動車のように低燃費だと思った。ハイブリットカーが人気の時代、私も息子もアメ車のように燃費の悪い人間なのかも知れない。これを読んで「男はそのくらい食べるし、うちなんかもっと洗濯物が多いし、そんなのは普通ですよ」と誰かが言われることを私は密かに狙っている。

院長の独り言 その118    <ノーマジーン:2011年12号>

「長崎旅行 (ちょっと古いけど)」

9月の連休に、妻と娘と二泊三日で長崎を旅行した。昨年娘は受験で長崎に二泊したものの、観光する余裕がなかったので、長崎観光がしたいと言い出した。妻は妻で、娘の受験に同行したものの、長崎に住む友人とのお喋りで時間を費やし、観光をしていなかった。そのため「リベンジ長崎」と銘打ってくるまで出発することになった。昨年と同じホテルに泊まり、グラバー園に浦上天主堂、稲佐山の夜景、平和記念公園に大浦天主堂と修学旅行のようなベタなコースに決定。あとは我が家のリーダーがガイドブック2冊をくまなくチェックし、私は言われるがままにネットで色んな予約をさせられた。

グラバー園では妻と娘は、30分500円の舞踏会ドレスレンタルでコスプレするも、あまりの暑さに15分でギブアップ。今回なメインイベントは、軍艦島ツアーだった。ちょうど台風と重なったものの、幸運なことに観光中は雨が降らず、無事に軍艦に上陸できた。「やっぱりお母さんは晴れ女やね」と娘は妻を褒めるけれど、雨が降れば「お父さんが雨男だから!」と私のせいにされて、父親は哀れなものだ。

軍艦島は昭和30年代に閉鎖された炭坑の島で、何十年も立入禁止になっていた廃墟である。神秘的でシャッターを切りまくったけれど、とても物悲しく色んなことを考えさせられた。

連休中の長崎市街地は渋滞するからと、路面電車での移動だったが大正解。長崎の友人のオススメのお洒落な居酒屋で、海の幸にお酒、両手に花?の夕食は最高だった。娘の「お母さん楽しかったね~。また行こうね。」の言葉に、「往復の運転を頑張ったお父さんは?誘ってくれないの?」と少し寂しくなったが楽しい旅行ダッタ。

 

院長の独り言 その119    <ノーマジーン:2012年01月号>

「忘年会2011」

今年の忘年会のスタッフの出し物は、AKB45のヘビーローテーション。スタッフのダンス能力も考えず妻が独断で決定し、例年より早めに練習が始まった。

YouTubeのダンスをスローモーションで教えてくれるサイトに助けられ、最初は不可能に思えたダンスも、どうにか形になった。ただし、5分のダンスは途中をカットして3分に編集され、足と手の動きを覚えるのは難しいからと、最小限のステップのみで上半身だけで踊る感じではあるが、そのくらいは仕方があるまい。

次は衣装。たまたまスタッフの妹(20代前半)が、結婚式の余興で使ったAKB風の衣装を借りた。しかし、どう見てもスカートの丈が短かすぎる。太ももどころか、お尻が半分見える短かさである。「このスカートは無理です」とスタッフが拒む中、「みんな恥を捨てようや!」とか「離婚して出戻ったんだからはけるやろ!」とか「分娩台より恥ずかしくないよ!」と妻が説得するが、退職した元婦長以外に恥らいを捨てられるスタッフはいない。と思いきや、数ヶ月前からうちで働きだした充実した体格のニューフェース看護師(40代)があっさりOKし、妻と二人で超ミニスカートに挑戦したのである。

忘年会参加者の為にも、若くて可愛いスタッフのミニスカートが望ましいのに…。私は「ミニスカートをはいたらボーナス増やすよ!って言うのはどう?」と名案を妻に助言したが、お金でつるのは妻の美学に反するらしく却下。「あなたも踊らない?」と妻から誘われたが、数年前の忘年会で女装して妻とピンクレディーを踊った黒い歴史が蘇り、当然断った。

もしスタイル抜群の淑女だったとしても衆人監視下でのミニスカート無理派の私は、恥じらいを捨てお笑いに走れる妻達が羨ましくなった。もちろんしっかり撮影しましたよビデオでもカメラでも

院長の独り言 その120    <ノーマジーン:2012年02月号>

今は昔「院長の独り言」も今回で120回目、丸10年となった。不景気の中ノーマジンさんが頑張ってくれてるおかげで続けることができてます。アリガトウゴザイマス!‥本編行きます。

今回は年末年始休暇中にクリニックのホームページを更新、119回までの院長の独り言を載せた。最初は数行だけの独り言だったが、段々と胸の内をさらけ出す快感に目覚め?徐々に文章が長くなっていった。(ネタきれで困ったことのほうが多いが)

お陰様で愛読者も増え「毎月院長の独り言”ダケ”は読んでいますよ!」と笑顔で言われることが多いが、「独り言はオマケで広告がメインなんですよ!」と、心の中で叫びながら「ありがとうございます」と笑顔を返してしまう。

10年前を思い出せば、子供もまだ小さく、生活スタイルも全く違う、何より違うのは、私の容姿かもしれない。黒かったヒゲは白くなり、ふさふさで太かった髪の毛はそよ風に揺れるほどか細くなり、代わりに細かったウエストは太くなった。そんな私を横目で見ながら20才になった娘が「なんでお父さんと結婚したと?」とさらっと聞き、「昔はお父さんももうちょっとは格好よかったよ」と小声で言い訳する、「ふーん」と納得したのかしないのか曖昧な娘、興味なさそうに一生懸命ご飯を食べる息子、そして聞こえない振りをする私。

世間の奥様方は子供にこんな質問をされたらどう答えているのだろうか?

「昔からネ、格好良くてお母さんの一目ぼれなの♡」「とっても優しくて、今も大好きよ♡」なんてノロケてしまうより「なんとなく!雰囲気で!」、「お父さんが好き好きしつこく追いかけるから可哀想で結婚してしまったのよ!」「結婚するまではこんな人だとは思わなっ方のよ!」なんて感じで盛り上がる母娘が多いんだろうなと想像がついてしまう。

そうだ!一番変わったのは父娘の関係かもしれない。帰宅してきた私に「おかえりー」と玄関で飛びつき、一緒に風呂に入ると「お父さんみたいな人と結婚するの!」と娘に言われて喜んだ日々‥今は昔である。